こんな感じです in 秋田能代

STUDIO FNCの代表の青田ZAPのブログです。東京出身で、街おこし活動の為に秋田県能代市に移住しました。 街おこしや、秋田の魅力、活動レポートなどを自分の感情を大いに含めて書き綴ります。 日記みたいに書いていくので、どうか気軽にお付き合いください。 ちなみに鉄道マニアでもあるため、ブログの半分は鉄道ネタが多いです。 特にE6系こまちと、E233系が大好きです。

2017/02/26 京成3500形(未更新車)に想いを馳せて

銀座線01系が2017年3月12日に引退することに寂しさを覚えているのもつかの間、今度は、京成からも寂しいお知らせがやってきた。3500形(未更新車)のラストランが2月26日に行われるということだった。これもまた、お世話になった車両が姿を消すことになるとは。京成にも3000形の新形式が投入され始めて既に14年を迎える。その波は、いよいよ、京成最古参となったこの車両も淘汰する時がやってきたのだった。少し寂しいようなそんな桜の季節を今年は迎えることになりそうだ。

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3500形が登場したのは、1972年(昭和47年)。その年、札幌冬季五輪が開催されたり、あさま山荘事件があったり、そして、日本の鉄道が開業100年を迎えたのもこの年の出来事だった。田中角栄氏の日本列島改造論もベストセラーになった年。まだまだ日本が元気で、通勤事情はますます需要が高まり、郊外へのニュータウンも広がる一方。そんな中に誕生したのが、この3500形だった。京成の通勤車両としては初の冷房装置を設置した車両である。

この車両には、何度も何度も、数え切れないほどの乗車した思い出がある。実は、朝の通勤ラッシュに3500形がやってくるとげんなりした思い出がある。自分が乗っていた時代は、既に3500形未更新車は4両編成化されており、ラッシュ時間帯の4両編成は、とにかく乗車率が半端なく、そして、ブレーキの効き具合がとにかく強くて、満員の車内では、立っているのが辛かった。そんな思い出ばかりかと思えば、そうではなく、呑んだくれて帰ってくる京成上野始発に乗った時、休日の早朝ということもあり、ほとんど人は乗っていなく、じっくりと車内を観察できたことも。

緑色の床面、冷房装置を補助するための扇風機。今では珍しくなってしまった全面サボ。窓枠は、茶色く変色していて、赤と青の帯もところどころが剥がれてたり。いつまで走り続けてくれるのかななんて思っていましたが、終焉の時がやってくるとやはり、寂しいものだ。最近では、4両編成の運用が減った上野方面に顔を出すこともほとんどなく、もっぱら、千葉線や、津田沼以南での運用が多く、その勇姿は、なかなか見ることも出来なくなっていた。いつの間にか朝の通勤時にやってくるのは、3000形ばかりになっていて、少しづつ3500形が減ってきていることさえも気付かないままだった。もしくは、気付かないフリをしていたのか。

登場から20年が過ぎた1995年頃から、大規模な更新工事が行われ、当時在籍した96両中、56両が更新された。全面の〝顔〟も大幅に姿を変え、内装も大きく変わった。まるで、新しい車両の登場だった。しかし、この更新工事は、1976年以降に登場した3500形には行われることがなかった。予想以上の更新コストがかかり、新型車両投入の方が懸命と判断されたのだった。そのため、40両の未更新車が残ったのであった。

そして、2003年に新3000形が投入されるのと同時に、廃車が始まった。今日までに少しづつその数は減っていき、いよいよ2017年2月26日、最後の3588編成が臨時団体列車でラストランを迎えることになる。


animation CG 「さよなら京成3500形未更新車」

最終日まで、自分は、とうとうその勇姿を見にいくことが出来なかった。

だからこそ、このとてもお世話になった愛着のある車両に向けて、アニメーションを製作した。

時代は、進む。新しいものへと変わっていく。古いものが歴史に変わり、人々の記憶の中へとその存在場所を変える。どんな日もどんな時も多くの人々を乗せ、色々な思い出や、思いを繋いできた鉄道車両がまたひとつ、歴史に変わろうとしている。

快適な列車が登場していくのも利用者にとっては良いことだけど、やっぱり、思い出のある車両がいなくなってしまうのは、寂しいものだ。ともあれ、約45年もの間、京成を走り続けた3500形未更新車。本当に長い間お疲れ様でしたの一言に尽きる。

 

※この記事は、STUDIO FNC Webの記事ページを再編集したものです。

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